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あるまじろの読書日記

「なぜ、本を読むんだい?」「そこに本があるからさ!」興味のあるテーマは歴史とサイエンス。アラサー。関東在住。文章力が低く時折エラそうな書き方になりますが、どうかご容赦ください。( ̄ー ̄;

史記(4)

             

史記の中では個人的に一番好きな項羽劉邦の戦い

項羽と劉邦はリーダーシップの面から語られることも多いが、僕もそれに賛成だ。この2人を並べて考えることで、大事なものが見えてくると思う。

項羽

楚の名将の孫で、陳勝呉広の乱の時に叔父と共に秦打倒に立ち上がった。旗揚げ当時まだ20代の若者だったが、戦場では鬼神のような強さを発揮して秦軍を圧倒し、一躍有名になる。秦打倒後は自ら「覇王」と称して統治した。

戦場ではほぼ無敵で漢軍を圧倒していたが、部下をあまり信用せず、恩賞を出し惜しみする所があった。また、抵抗した者はもちろん降伏した者まで虐殺、生き埋めにするなど残酷な一面もあった。戦いには勝利するものの次第に味方を失っていき、最終的には劉邦に敗れて自害した。

劉邦

農民出身で、酒好き女好きで有名だったという。40過ぎまで役人として働いていたが、怠け者で評判はあまり良くなかったようだ。しかし面倒見は良かったらしく、仕事で失敗しても誰かが助けてくれたり、飲み屋で飲んでいると自然と周囲に人が集まるなど人望が厚かったようである。

項羽と同じく陳勝呉広の乱の時に故郷の仲間達と共に挙兵し、項羽と共に秦を打倒した。その後項羽から漢王に任じられるが、反乱を起こして項羽打倒に乗り出す。5年に及ぶ戦いの末、項羽を倒して漢の初代皇帝となる。

劉邦自身は決して有能とは言えなかったが、劉邦の下には優秀な人材が多く集まり、彼らの力を使いこなした。

この2人は本当に対照的で面白い。

項羽は自らも有能で強く、先頭に立って部下を引っ張っていくタイプの指導者。

劉邦は能力はないが人間味があり、部下を上手くつかいこなすタイプの指導者。

僕は劉邦が正しくて項羽が間違っていたという見方はして

いない。時代の流れの中で、たまたま劉邦が勝利したに過

ぎないと思っている。別の時代だったら、項羽が勝利して

いた可能性も十分あると考える。リーダーシップの形に唯

一の正解はない。

劉邦が勝利した一番の理由は、項羽がいたからだと思う。

項羽の考え方は、項羽が滅ぼした秦の始皇帝と似ている。だから、次第に人心を失って劉邦に流れていったのが実態だと思う。前に始皇帝項羽がいたからこそ、全く違うタイプの劉邦が目立ったのだろう。

劉邦型のリーダーが長く国を治めると、今度は項羽型の強いリーダーが求められたりする。実際、項羽型の人物が王朝を立てた例は歴史上に数多くある。だから、項羽型も一概に否定することはできないと思う。

 

ちなみに、項羽垓下の戦いで敗れて落ち延びていく場面が史記にあるが、名文として知られていて漢文の教科書にも載っている。

わずか二十数名の兵士達と共に烏江にたどり着いた項羽の前に、船を準備した若者が待ち構えていた。若者はこの船で故郷の会稽に落ち延びて再起するよう勧める。しかし項羽は同郷の者を大勢死なせてしまい、故郷の者達に合わせる顔がないと言って申し出を断る。項羽は若者の忠義に感謝して自分が大事にしていた馬を渡し、漢軍の追手に最後の戦いを挑む。 

僕はどうもこの場面に弱くて、読む度に泣いてしまう。

多分、実際にはこんなやりとりは無かったのだと思う。しかし、たとえ創作でも死を受け容れた人間の最期をここまで美しく表現した司馬遷を尊敬する。