あるまじろの読書日記

「なぜ、本を読むんだい?」「そこに本があるからさ!」興味のあるテーマは歴史とサイエンス。アラサー。関東在住。文章力が低く時折エラそうな書き方になりますが、どうかご容赦ください。( ̄ー ̄;

数学者たちの楽園

             

久々のサイエンスネタ。

本書は、アメリカのご長寿コメディ・アニメ『ザ・シンプソンズ』とその脚本家たちの舞台裏に迫ったノンフィクションである。

ザ・シンプソンズは日本で言うならサザエさんに近いと言えば分かりやすいだろうか。基本的に一話完結で、時に社会風刺を交えて笑いを取るアニメだ。サザエさんと比べると社会問題に関する風刺が多く、その点ではこち亀にも近い。

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さて、『ザ・シンプソンズ』の脚本を書いている人たちの中には、アイビーリーグの大学で数学や物理の博士号を取ったようなエリートたちが大勢いる。彼らはザ・シンプソンズのストーリーの中の至る所に「数学ネタ」を仕込んでいるのである。しかもその数学ネタは単なるユーモアではなく、数学に関する極めて高度なメッセージやオマージュが込められていたりする。

例えばシンプソン一家の父親のホーマー・シンプソンが発明に目覚める回で、ホーマーが黒板に数式を書くシーンがあり、そこにはこう書かれている。

 

  3987¹²+4365¹²=4472¹²

 

数学に関心がある人なら、この数式に込められた意味が分かるはずだ。

この式は、かの有名な「フェルマーの最終定理」に反しているのである。

 

フェルマーの定理

      xⁿ+yⁿ=zⁿ  

 n>2の場合において、式の整数解nは存在しない。 

 

上記の式はフェルマーの最終定理を覆していることになるが、実はこれは脚本家が考案したトラップだったのだ。上記の式は、実際にはわずかの差で成り立っていない。しかし、桁数の少ない一般家庭用の電卓だと成り立っているように見えるという、とても高度な仕掛けなのだ。脚本家が数学の細部に詳しかったからこそ作られたユニークなオマージュだと言える。

 

他にも、登場人物の一人が壁に描かれたある数字を見て逃げ出すというシーンがある。

 

         1010011010

 

これを二進法の数列と見て、十進法に直すと666という数字になる。日本ではあまり意識しないが、666キリスト教では悪魔の数字として位置づけられているそうだ。つまり悪魔の数字に恐れて逃げ出したということなのだが、壁に描かれた数字を十進法に直し、その意味を理解して初めて逃げ出した理由が分かるというわけだ。逆に言うと、それが分からないと逃げ出した意味が良く分からない。

もっとも、ストーリーにとってこれらは非常に小さなオマケのようなもので、本筋とはほとんど関係がない。数学に興味も関心もない人達からすれば「どうでもいいよ、そんなの」と思う所だろう。確かにどうでもいいかもしれない。

脚本家達は色々な層にアニメを楽しんでもらうために、とても高度な仕掛けを作ったということだ。事実、こうした仕掛けは数学マニアや理系の視聴者層を夢中にさせたらしい。それは『ザ・シンプソンズ』の別の楽しみ方を作ったとも言えるのだ。あるいは、脚本家達は数学ネタを通じて、数学が無味乾燥でつまらない学問だと認知されている社会を風刺したかったのかもしれない。

 

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数学は不憫な学問だと思う。実生活で役立てられる機会も少なく、学生からは毛嫌いされる。数学者には昔から社会のはみだし者みたいな人達が多く、大抵変人扱いされてきた。しかし、彼らは彼らにしか見えない数学の世界に夢中になっていたに過ぎない。

ザ・シンプソンズ』の脚本家達も数学オタクである。彼らはアニメの中に、自分たちが関わってきた数学の世界を刻みたかったのかもしれない。面白さを伝えることはできなくても、数学の偉大な先人たちの足跡を残すことに意味を感じたのだろうか。数学オタクとして、単純に楽しんでいただけかもしれないが・・・。

ともあれ『ザ・シンプソンズ』の脚本家達は天才的な人たちばかりだ。正直言って、アニメの脚本とはこれほど細部まで練り込んで作るものなのかと思ったくらいだ。日本もアニメ大国だが、ここまで作り込まれたアニメは見かけない。だからこそアメリカで長く続いているのだろう。

数学に興味がある人だけでなく、クリエーター志望者も必見の本だ。

真のクリエーターの素晴らしさが分かると思う。