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あるまじろの読書日記

「なぜ、本を読むんだい?」「そこに本があるからさ!」興味のあるテーマは歴史とサイエンス。アラサー。関東在住。文章力が低く時折エラそうな書き方になりますが、どうかご容赦ください。( ̄ー ̄;

ロビンソン・クルーソー

読書

             

ダニエル・デフォーによる最高傑作『ロビンソン・クルーソー』である。前回レビューした『十五少年漂流記』と同じく、無人島に漂着した男の物語である。時系列的には『ロビンソン・クルーソー』の方が先であり、『十五少年漂流記』はその影響を受けて創作されたものだ。これ以外にも無人島系の小説や漫画などはたくさんあるが、多かれ少なかれ『ロビンソン・クルーソー』の影響を受けている。『森の生活』などで有名なアメリカに思想家、ヘンリー・デイビッド・ソローの作品にも近い匂いを感じる。

子供向け版を昔読んだ記憶があるが、僕のように子供の頃に読んだ人も少なくないと思う。子供心にもワクワクして面白かったが、大人になってからだとまた違った印象を受けた。ロビンソン・クルーソーの物語は完全なるフィクションではあるが、現代人の思考や習慣に極めて大きなメッセージを投げかけてくれている。それは人間の労働と生活の本質に関するものだ。

無人島に一人で流されたクルーソーは、最初こそ絶望感に打ちひしがれた様子だったが、やがて冷静になって自分の状況を考察し始めた。自分の幸福な面と不幸な面を簿記の貸借対照表のような形式で書き出し、絶望的な状況下にあってもなお幸福な面の方が多いことを発見した。こうして気力を取り戻したクルーソーは、無人島で生き延びるための行動を始めた。

彼はまず蛮人に見つからない安全な場所に住居を構え、狩猟採集で食料を確保することを覚えると、次いで生活に役立つ道具を作り始めた。苦心の末、肉を煮るための鍋や保存用の土器、衣服まで自作できるようになった。

クルーソーはさらにヤギの牧場を作って牧畜することを学び、ヤギの乳からチーズやバターまで作れるようになった。極めつけは農耕を始めて大麦を栽培し、パンを自作できるまでになった。こうしてクルーソーの無人島暮らしは安定したものとなっていった。

無人島ではマーケットもなければ物々交換も不可能なので、必要なモノは自分の時間と労力を投入して手に入れなければならなかった。クルーソーは毎日の行動計画を立て、自分の限られた時間と労働力を効率的に各作業に割り当てていった。このクルーソーの行動は人間の経済活動の基本として経済学の講義で紹介されることもある。カール・マルクスの『資本論』にもロビンソン・クルーソーが登場する。

ちなみに、クルーソーは生活に不自由がなくなるとそれ以上のことはしなかった。(余った食物は捨てるだけだし、家畜も多すぎるとと管理が大変になる)クルーソーは余暇を無人島脱出のための準備に充てたり、聖書を読んだりして自由に過ごした。

ここで面白いのは、原始的で孤独な無人島生活をしているクルーソーが、高度な文明社会で日々労働に励む我々よりもずっと充実していて、自由があり、満たされているように見えるところだ。作者のデフォーも敢えてそのような書き方をしているフシがある。

クルーソーは無人島とは言え島の完全な支配者であり、王であった。そして、全ては彼の自由意志において決定することができた。クルーソーの行動と我々の行動は、その質が大きく違う。従業員なら必ず組織の方針に従って行動しなければならないし、経営者でも王のように独裁権力を振るうことはできない。利害関係者なども含めると、基本的にはとても不自由なものである。クルーソー的な自由の獲得は現代人にはとても難しい話なのだ。

さらに、資本主義発展の本質でもある利益最大化という目的のために、労働時間は自然と増えていく。AIの進化によって将来的には労働時間が減るという人がいるけれども、僕はそうは思わない。労働時間は今と同じか、むしろ増えるかもしれない。我々が生きている経済はパイの奪い合いそのもので、技術進歩は原始的な奪い合いから知的な奪い合いへの転換でしかない。もちろん、各個人が生活レベルの低下を許容できるなら労働時間は減らすことは可能だと思うが。

クルーソーは島から脱出して故郷のイギリスに帰った後しばらくのんびり暮らしたが、周囲の環境になじむことができなかった。そして、人生最大の不幸だと思っていた無人島生活こそが、実は人生の最も充実した期間だったことを知った。クルーソーは自分の心の中の衝動を抑えることができず、ついに再び島に戻っていくのであった。そしてその後、世界中を冒険してついに人生の終わりを迎える。

ロビンソン・クルーソー』が長く親しまれてきたのは、冒険的な要素もさることながら、クルーソーの無人島生活を通じて描かれた生活や労働の本質に共感した人が多かったからではないかと思う。今読んでも古臭く感じるどころか、むしろ21世紀人の苦悩をはっきり見通していたのではないかと思えるほどだ。文句なく、面白い。

ちなみに岩波文庫のものは上下巻になっているが、上巻が無人島編、下巻は無人島脱出後を描いている。昔読んだ子供向けのものもそうだったが、無人島編だけで『ロビンソン・クルーソー』の物語として終わらせているものも多い。それというのも、無人島編が圧倒的に面白いからだ。これで言うと下巻に当たる脱出後のエピソードは、はっきり言って上巻ほどは面白くない。もちろん、帰国後のクルーソーの内面の葛藤から再び島に乗り込んでいくところなど見どころはあるのだが、全体的に退屈である。上巻だけでもじっくり時間をかけて読んで欲しい。